[9]ハリネズミを探せ!


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■ シェイクスピアとハリネズミ ■
− ハリネズミは“ひっつき虫”か? −

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◆ 岩野礼子『動物解体新書』中に登場するハリネズミのハリエット嬢は,以下のような苦言を呈している。

「英国は動物愛護の国というけれど、ことハリネズミに関しては大いに異議あり、の私です。たとえば、かのシェイクスピアは『夏の夜の夢』で、「放せ、猫め、この牝鼬 メスイタチ !」(福田恆存訳)と書きました。これは、いたずら妖精パックのせいで、最愛の恋人ハーミアがにわかにうとましくなったときの若者ライサンダーの台詞です。
最大級の罵倒の言葉として使われている「牝イタチ」とは、実はイタチではなくハリネズミのことなんです。そういう箇所でハリネズミを使うなんて、シェイクスピアって最低ね。私たちの愛すべき性質を知らない証拠です。そして、福田なんとかという翻訳者、かっこうのいいハリネズミを、よくもあんな不細工なイタチなどと訳してくれたわね。まったく失礼千万です。」

沙翁
Shakespeare, Willium
1564-1616
(……お面?)
 理屈から言えば,ハリ嬢は,シェイクスピア当人に対してはともかく,ハリネズミにとって芳しからざるその罵言をそれとなく葬り去ってくれた福田には,抗議どころか,むしろ感謝するのが筋ではないだろうか。察するに彼女は,彼らハリネズミの「愛すべき性質を知らない」極東の人士がしばしば彼らに期待する“ツンケンした攻撃的な態度”を,けなげにもそのまま演じてみせてくれたらしい。
 いずれにせよ,目の敵にされ噛みつかれるのは日常茶飯事だった福田恆存 FUKUDA, Tsuneari 1912-1994 のこと、これに応えるにも、ただ沈黙と微苦笑をもってするに違いない。しかし、英国文学史上最大の巨人であるシェイクスピアが,同様に彼女の抗議をすんなり受け流してくれるかといえば、どうもそうは考えにくいのだ。というのも,私の見るところ,シェイクスピア翁は,ハリネズミに迷惑をかけるようなレトリックを,(少なくともハリ嬢の主張するような形では)全く使っていないからである。

★ Too Trivial! ★
西欧諸国の中でも、妖精のメッカといえば、ブリテン諸島をおいてほかにはないだろう。無論イングランドだけでは不足で,ウェールズ,スコットランド,それにアイルランドまで含めなければ,メッカを称することは許されるまい。周知のとおり,英国圏の妖精イメージは,その多くをケルト伝説に負っているのだから。
その英国圏では、(「妖精の化身として」の項でふれたように)妖精たちはしばしばハリネズミの姿を借りて現れると考えられていた。
かのシェイクスピアの戯曲にも,妖精の活躍するものが,悲喜劇とりまぜて二三ばかりあるが,幻想喜劇『夏の夜の夢 A Midsummer Night's Dream 』はその1つだ。妖精たちはその時代,不世出の劇作家さえ自身の作品への助勢を請いたくなるほどのリアリティとバイタリティをもって,民間伝承の世界を縦横無尽に跳梁跋扈していたのだ……と考えてしまいそうなところだが,それはやや早計である。もちろんそういう側面もなくはなかったはずだが、逆に,沙翁による妖精劇の1つ,若き日の彼が大当たりをとった『夏の夜の夢』によってはじめて,“愛すべきいたずら者たち”としての妖精のイメージが巷間に広まった,というのが真相のようだ。この文学的巨人の作品が英国文化に残した足跡の,ほんの一例である。

 件のライサンダー Lysander 君の台詞は第3幕第2場,その全体は,

「放せ、猫め、この牝鼬! 畜生、放せといふのに。放さなければ、蛇よろしく、ふりとばしてやる。」

というものである。
 これを見ると,この言葉が「最大級の罵倒の言葉」などではなく,単に「まとわりつくもの」の喩えとして使われているらしいことがわかる。だが,腹をすかせたネコならいざ知らず,イタチやハリネズミが,果たして人間にまとわりついたりするものだろうか?
 さらに,元の英文を見てみよう。

四折本
四折本 Page 36 Sig. E3v
Copyright (c) The British Library Board
 
"Hang off, thou cat, thou burr ! Vile thing, let loose, or I will shake thee from me like a serpent."

 ハリ嬢が「実はイタチではなくハリネズミ」と主張するのは、この "burr" という単語のことであるはずだ。だが,この言葉は果たして本当に「ハリネズミ」を意味するのだろうか?

 burr は,bur から分化した同音の単語である。bur の方ならば植物の「イガ」のことだが、burr の第一義は「(イガのように)くっつくもの」だ。たとえば、のどのイガイガなども、英語では burr と呼ばれる。
 我々日本人の場合,イガと言われてイメージするのは,一にも二にもクリのイガだが,これは「くっつくもの」というイメージとは結びつきにくい。一方,英語の bur がまず連想させるのは,その名も burdock という雑草である。そして,この植物の実のイガは、確かに動物の体や人の衣服にくっついて運ばれるのだ。
 burdock −−つまり,我々が「ゴボウ(牛蒡/牛房)」と呼んでその根を賞味する植物である。

★ Too Trivial! ★
 邦訳では,ちくま版(松岡和子)で,この台詞が「はなせ、猫! くっつくな、いが栗!」と訳されているが,さて,常識的に考えて(日本の常識でもヨーロッパのそれでもかまわないが),イガグリが人間にくっつくだろうか。
 ロシアの作家であるチェーホフの短篇には,「おまえはわしに、牛蒡の種みたいにくっついてるが、いなけりゃどんなに助かるか!」という台詞がある(『曠野』,松下 裕 訳)。
 Oxford 版の『夏の夜の夢』の編者 Peter Holland などは,burr の註に,「ゴボウの実のこと,くっつくことで知られる」と記しており,これ以上は望めないほどに明快である。
 また,漢方で緩下剤・利尿剤・婦人病の薬などとして使われたゴボウの実(牛蒡子)は,漢名で「悪実(あくじつ)」とも呼ばれる。その由来は定かではないが,衣服にひっついて鬱陶しいから,と考えるのが自然な発想ではないだろうか。後出「ヌスビトハギ」の名も連想させるネーミングである。
 なお,ゴボウの実には,ほかに「鼠粘(子)」「粘蒼子」の別名もあり,前者からゴボウを「鼠粘草」ともいう。それ以外には,「大力子」「黒風子」といった呼称もある。どうでもいいが,ヨーロッパでは疥癬の薬として用いられたということだ。

★ Too Trivial! ★
ゴボウ0
ゴボウ burdock
 ゴボウについての関連事項を,『原色牧野植物大圖鑑』(北隆館,1982.05.),『改訂増補 牧野新日本植物圖鑑』(北隆館,1989.07.),および,拓殖大学北海道短期大学環境農学科,相馬暁博士による「相馬教授の作物百科」(驚くほど詳細を極めている)などから拾い上げてみよう。
 ゴボウ(キク科〔アザミ連〕ゴボウ属,Arctium lappa Linn.)はヨーロッパからヒマラヤ,中国の温帯に分布する越年草(2年生草本)である。野生種は欧州北部,シベリア,中国東北部に広く分布し,肥えた土地によく雑草化する。
 ゴボウの食用が一般化している国・地域は,世界中で日本だけである(日本では自生していない)。与那国島の,かつて文字を知らない島民が徴税のための数量計算に用いた絵文字,カイダ文字(カイダ・ディ,カイダージ)にも,他のさまざまな作物とともに,ゴボウを表す文字があるから,南西諸島でも一般的な作物なのだろう。
 文政4(1821)年,シーボルトが日本のゴボウを故国オランダに持ち帰り,ライデン地方に伝えたが,いかに調理してもまずく,ついに匙を投げたという。しかし,シーボルトは同じキク科のタンポポ(根のエキスを腹痛等に用いる)やカミツレ(古代から用いられてきた代表的なハーブの一つ,カモミール)とともに,ゴボウの根(バルタナ)を薬用として「薬品応手録」に記載しているから,必ずしも食べることだけを考えてゴボウを持ち帰ったわけではなかっただろう。

 また,先の大戦の終戦後,新潟県の直江津町(現上越市)にあった東京俘虜収容所第四分所(通称:直江津捕虜収容所)の所長と監視員らが受けた告発は,(必ずしも正確にではないが)よく知られている。彼らは捕虜虐待の罪に問われたのだが,彼らの受けた告発の一つに,「捕虜に木の根を食べさせた」というものがあったのだ。戦争末期の食糧難のさなか,収容所側が苦労して調達した野菜の中にたまたまごぼうがあったが,この食べ物を見たことのないオーストラリア人捕虜たちは,これを木の根だと思ったということのようだ(上坂冬子『貝になった男  −直江津捕虜収容所事件−』,文春文庫版 p.136,所長の反証記録)。
 以下,例のごとく,余談の余談−−
 日本全体が窮乏下にあった大戦末期に,当時の収容所の現場職員たちが,(周囲の冷たい視線にさらされながらも)少しでもよいものを捕虜たちに与えようと骨を折っていたことは,『貝になった男』の記事からも十分に知られるし,ことに,後に捕虜虐待の罪に問われて刑場の露と消えた職員の一人が,勤務当時「捕虜に刺身を食わせてやりたいと思ったが、残念ながら毛唐さんは吐き出しますんで」と言って,日本海でとれた新鮮な魚をフライにしていたという場面が,たまたま肺炎治療の応援に来ていた軍医の手によって書き残されていたり,あるいは,起訴を免れた元職員の一人の談話に「捕虜さんは米や豆を食べ慣れてないというもんで、粉にしてパンを焼いてみたけんど、うまくいかなんだ。どうもまことに」と恐縮する場面があったりするのを見ると,食文化の違いについても,彼らなりに気のつく範囲で意を尽くしていたのではないかと想像される。
 無論ごぼうの件は告発内容のごく一部であり,この収容所では,たとえば,この地域を寒波が襲った昭和18(1943)年の3月から翌年の2月までの1年間に,300人の捕虜のうちの50人余りが,飢えや寒さによる衰弱の末に「病死」しているから(上記の軍医の応援はこの時期のことである),その数字だけから言っても,捕虜虐待の訴えをまったくの事実無根として退けることはできそうにない。
 客観的に見れば,この大量死についてはやはり,前線で“死に損なって”万事投げやりになっていたらしい当時の所長−−上掲書を読めば人格的にはたいへん立派な人であったことが察せられるが−−の勤務態度に一因を求めざるを得ないだろう。ちなみに,直江津収容所の捕虜から出た死者は総計60人ほどというから,この期間以外での死者は,せいぜい10人内外−−つまり,後に戦犯裁判で死刑になったこの収容所の職員の数と同程度−−ということになる。そのことだけをとっても,個々の収容所職員らによる暴力的な虐待が原因となって多数の死者が出たとするのは,明らかな誤りであると思われる。
 そもそも,わざわざそのような寒冷の地を選んで収容所を設置し(県下にはほかに新潟,青海などにも捕虜収容所が置かれた),しかも常夏のシンガポールから送り込まれたオーストラリア兵を収容したことに,日露戦争のときとははっきりと異なる邦軍側の悪意が読み取れる(気候温暖な伊予松山の捕虜収容所に収容されたロシア人捕虜たちは,捕虜としては比較的おおらかな待遇を受けたことで知られ,たとえば,道後温泉にも頻繁に入浴していたという)。だが,少なくとも収容所設置地の選定について,所長以下収容所職員が責めを負ういわれがないのは当然である。
 とはいえ,劣悪な住環境や食事に加えて,当時の軍部を暗雲のように支配していた理不尽な鉄拳主義や精神主義の投影が,現場職員に対する捕虜の怨みと敵愾心を必要以上に深めさせたであろうことも,また間違いないのだが。
 ともあれ,元収容所職員のうち,軍人2名,軍属6名の計8名が,捕虜虐待のBC級戦犯として絞首刑に処せられているということもあり(こちらの「AJRP(豪日合同プロジェクト)」のサイトで,直江津で撮られた3枚の写真につけられたコメントからは,横浜裁判の判決文そのままに,あまりにも一方的な視点から書かれている印章を受ける。『貝になった男』の主人公である所長についても,彼の下で捕虜の待遇が悪化したことと,戦争裁判の被告となった事実のみが記されているし,何より,処刑された8名の収容所職員のうち,軍属の6名を黙殺してか,処刑者を2名としている),「ゴボウで死刑」の一件は,主に外国人に反感を持つ人たちによって,しばしば象徴的に言及されてきたようだ(この直江津収容所職員の戦犯裁判の顛末については,上記『貝になった男』(文藝春秋)に詳しい)。

★ Too Trivial! ★
 いぬかわが『貝になった男』を取り寄せて通読し,上の記事を書いた直後の2004年5月初めに,世間では,米軍兵士によるイラク兵捕虜の虐待が暴露されて話題になり,ブッシュ政権が大幅に支持率を下げるという顛末があった。

 いずれにせよ,欧米人にとって,ゴボウが雑草であり,せいぜい薬草ではあっても,決して食草では(まして野菜では)なかったことは疑いようがない。実際,彼らがこの植物の地下の部分に目を向けることをしなかったとすれば,「イガ草」を意味する英語名 burdock は,むしろ自然な命名として納得できる(burdock の dock とは,ヒメスイバなどの雑草の総称である)。
 チェーホフの,上に引いたのとは別の短篇にも,雑草としてのゴボウが登場する(『ともしび』)。シェイクスピア自身の作品でも,『リア王 King Lear』のコーディーリアに,気がふれて嵐の中をさまよう父王の様子を嘆く台詞として,「頭にはのびほうだいの雑草や畦草、ゴボウ、毒ニンジン、イラクサ、キンポウゲ、毒麦など、私たちのいのちのもとである穀物畑にはびこる役立たずの草の冠をかぶっておられたとか。」(第4幕第4場,小田島雄志訳)という,まるでゴボウが野菜ではなく雑草であることを示すためにわざわざあつらえられたかのような一節がある。
 酔狂にも日本人が食膳に供する「ゴボウ」なる野菜が,英米人には burdock root(イガ草の根)という,はなはだ説明的な名で呼ばれること,ちょうどサクラの花が cherry blossom(サクランボの花)と呼ばれることの,裏返しと見ることもできる。つまり,国や地域によって,その植物の最重要部分と見なされる要素が異なるということであろう。なお,野菜であることを強調するときは,「食用ゴボウ edible burdock 」という呼び方もするようだ。

サルシファイ0
セイヨウゴボウ sulsify
 ただし,フランスには,日本では「西洋ごぼう」と呼ばれる,サルシファイ salsify やブラックサルシファイ(キバナムギナデシコ)Spanish salsify, goat's beard という根菜があり,アメリカなどでも食べられているようだ。サルシファイはフランス料理ではサルシフィ salsifis と呼ばれ,日本での別名をバラモンジン(婆羅門参),ムギナデシコという。一方,ブラックサルシファイは,フランスでは salsifi d'Espagne(スペインのサルシフィ)または salsifi noir(黒サルシフィ)と呼ばれ,別名をキバナ(ノ)バラモンジン,バラモンギクという。これらはゴボウと同じキク科の,バラモンジン属 Tragopogon の野菜である。
 ブラックサルシファイにはキクゴボウという呼び名もあるようなのだが,この名は後述のモリアザミとまぎらわしく,さらに,キク科フタナミソウ属 Scorzonera の,属名そのままにスコルツォネラ Scorzonera hispanca と通称される,一般にはあまり知られていない野菜(根の黒皮を食用とする)が「キクゴボウ」の和名をもつので,余計に混乱を招きやすい。
 サルシファイもブラックサルシファイも,根は色が白く(写真を見ると,皮だけは黒いのかもしれないが),切ると白い乳汁が出る。もともとやわらかいが,茹でるとさらにやわらかくなる。特にサルシファイは,oyster plant とか vegetable oyster という別名のとおり,カキの風味がするなどと言われるくらいだから,日本のゴボウとはずいぶん食感が異なるようだ。

 ところで,キク科の雑草といえば,すぐに思い浮かぶのはタンポポ類,ついでアザミ類だが,なるほどあのおそろしく根の強い植物たちはゴボウの眷属でもあったか,さもありなん……とすぐに納得してしまうのは,素人考えというものだろうか。
 アザミ属の植物のうち,モリアザミ(別名キクゴボウ,ゴボウアザミ。ヤブアザミとも)やハマアザミは,方言に「山ごぼう」と称して根が食用にされている。富士山や箱根,日光の特産品として知られるフジアザミ(アザミ属,別名フジゴボウ)と同様,現在も信州・岐阜などで「山ごぼう」として味噌漬けや粕漬けが売られている(ことに岐阜県中津川市の特産とされるモリアザミは,「キクゴボウ」として売られていることが多いようだ)。
 なお,標準和名をヤマゴボウという植物(別名イヌゴボウ)が別にあるが,これは上のような「山ごぼう」と俗称されるアザミ類とはまた別もので,ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属に属する。根は有毒で多量の硝酸カリを含み,薬用とされることはあるが食べられない。食べると腹痛,嘔吐,下痢などを引き起こし,ひどい時は虚脱,昏睡に到る。北米原産の帰化種であるヨウシュヤマゴボウ(アメリカヤマゴボウ)も同様だ。さらに,ゴボウやアザミ類と同じキク科のオヤマボクチ(ヤマボクチ属,別名ヤマタバコ)も「山ごぼう」の方言名を持つが,これも根が食用にされるとは聞かないから,形の類似だけでそのように呼ばれているのかもしれない。

ゴボウ1 ゴボウ2
ゴボウ burdock
 上でキク科といえばタンポポやアザミ云々と書いたが,キク科は顕花植物の中でも最大の科であり,世界中で実に約1,000属,23,000種を擁する。その1,000属が,14の「連」に分類されるのだが,このうち,13連は「キク亜科」とされ,ただ1つ「タンポポ連」だけが「タンポポ亜科」とされる。だからタンポポとその仲間は,キク科の中でも孤立した特殊なグループなのである。
 ゴボウ属は,アザミ属(いわゆる「山ごぼう」の類を含む)とともに「アザミ連」に分類されている。実際,ゴボウの花を見ればアザミによく似ており,これが日本以外ではただの雑草とされることにも素直にうなずかれる。もっとも,通常ごぼうは開花する時期より早く収穫されてしまうので,この花がごぼう畑で見られることはあまりない。いずれにせよ,アザミ属の「山ごぼう」の仲間とゴボウ属の本家「ゴボウ」とは,実際に近いグループなのだろう。
サルシファイ1 サルシファイ2
ブラックサルシファイ black sulsify
 一方,「西洋ごぼう」のサルシファイだが,実は孤立グループである「タンポポ連」に分類されている。だから,同じキク科植物で,たまたま同じように食用にされることから「西洋ごぼう」などと呼ばれてはいても,やはりゴボウとは根本的に性質の異なる植物なのだろう。大雑把に言えば,日本のゴボウは比較的アザミに近く,西洋ゴボウのサルシファイこそ,タンポポに近い植物ということになるだろうか。サルシファイの花は紫色で,ブラックサルシファイの花は(キバナバラモンジンの別名のとおり)黄色いが,後者は確かにタンポポに似ているし,綿毛などもタンポポのそれと,素人目にはほとんど変わらない(左の画像は,こちらのアメリカ・オレゴン州の教育サイトにあったものだが,こちらではサルシファイとブラックサルシファイを区別していないようだ)。
 ちなみに,後で見るオナモミやオオオナモミ(いずれもオナモミ属)をはじめとして,メナモミ属のメナモミ,センダングサ属のセンダングサやアメリカセンダングサ,アザミ属のヒッツキアザミなど,「ひっつきむし」系の草には,キク科のものが目立つようだ。

 さらに余談を重ねるが,そもそもゴボウは,中国から朝鮮経由で日本に伝わったと考えられる。中国ではその種子,根,葉を薬用にするために栽培したもので,現在に至るまでほとんど食用としない。ヨーロッパでもゴボウの根は民間薬として,利尿・通風・皮膚病に用いられた。シーボルトが門人の高良斎に和訳させた「薬品応手録」にも,バルタナ(牛蒡根)として記されている。日本にも当然薬用として伝わったわけで,最近の考古学調査によれば,縄文初期の貝塚からゴボウの存在が確認されており,実はかなり古い時代に渡来していると見なければならない。
 「本草和名」(918年)に「悪実。一名を牛蒡。一名を鼠粘草。和名を岐多岐須(きたきす)。一名を宇末布々岐(うまふぶき)」と,また「倭名類聚抄」(927〜930年)に「きたきす(岐多岐須)」の名で記載されているのが文献初出である。905〜927年の「延喜式」には,宮廷で食される作物としてゴボウらしきものの名前は出ていないが,平安中期の「類聚雑要抄」には,ゴボウを用いた献立が登場しているので(元永元(1118)年の9月2日,鳥羽天皇が宇治平等院に行幸された際の御膳に,干物五杯の中の一つとして),このころから野菜として認識され始めたと考えられる。
坊入り
大浦ごぼうの煮付け (右上)
 ただし,千葉県の成田山新勝寺の寺伝によると,それより早く,天慶3(940)年に,藤原秀郷が平將門を討つにあたり,この寺で戦勝を祈願したが,その際に,大浦村(千葉県八日市場市の匝瑳地区大浦)でとれた大ゴボウ(周53センチ,長さ75.8センチ,重さ3.75キロという)の精進料理で酒宴を張ったとある。平將門に勝利した後,秀郷は大浦ごぼう1500本を新勝寺に奉納し,以後,毎年大浦でとれたゴボウを「勝ちごぼう」として成田山に寄進する習わしが始まった。現在も八日市場市大浦地区で,ほとんど奉納分に限って細々と契約栽培で作られている大浦ごぼうは,現存する最古のゴボウ品種であり,昭和41(1966)年,市の文化財にも指定されている。現在のものも,伝承を裏切らず,直系10センチ,周囲30センチ,長さ1〜1.5メートル,大きいものは4キロにもなるが,断面は正円ではなく扁平であり,(京都の堀川ごぼうと同様に)中心に“す”(空洞)があって,ここに詰め物をして料理されることが多い。成田山では参詣者にふるまう精進料理の呼び物として,大浦ごぼうの煮付け(甘煮)を出している(寺で調理後,缶詰にして保存するので,年中いつでも食膳に供することができるという)。地元八日市場の一部の料亭で出すほか,一般市場にはほとんど出回らないが,健康食品として近年ごぼうが見直されていることを反映してか,最近はこちらのように種を販売しているところもある。

 ところで,ヨーロッパや中国におけるゴボウ(雑草,薬草)とちょうど同じように,日本におけるサルシファイつまりバラモンジン(ムギナデシコ)が,薬草ないし野花とされ,野菜として認識されていなかったのは,なかなか面白い構図ではないだろうか。
 もっとも,上記のオレゴンのサイトなどを見るにつけても,欧米のサルシファイにしても,雑草として自生しているようなので,この対称関係は完璧とは言い難いのだが。

 以上,情報は複数の資料によったが,特に上記「相馬教授の作物百科」によるところが大きい。

 OED(オックスフォード英語辞典)の bur/burr の項に,「ハリネズミ」としての語義・用例は見当たらない。だが逆に,hedgehog の項を丹念に見ていくと,何番目かの項目で,「植物のとげとげした果皮ないしイガ、またその植物」という文に突き当たる。
 このことから察するに、おそらくハリ嬢は,英語で“イガ”のことを "hedgehog" と呼ぶことがあるのを、正反対に誤解してしまったのではないだろうか?

★ Too Trivial! ★
 たとえば,「bur って何だっけ?」と誰かに尋ねて,"Well, um, hedgehogs, of some plant, you know, sticking to your crothes when you are dressed up perfectly for dinner or somethig and smiling your best smile at some very very important and charming guys." といった返事が返ってきたならば,早とちりの余地は十分にあるわけだ。
 ネイティヴ・ブリットであるはずのハリエット嬢であってみれば,ウカツとのそしりはいずれ免れないけれど。

 福田訳は,他の訳者によるものと比べて,味つけに少々クドみが感じられる。『夏の夜の夢』でも,妖精の術にまんまとはまって、一刹那前までは最愛の女性だった当の相手を罵倒するライサンダー君の言葉を、訳者が観客と一緒になって面白がっているフシがある。上の台詞の中でも、ハーミア嬢に対する彼の邪険な動物扱いが、原文よりも強調されているように思われる−−したがって,男性勢による秘かな鬱憤晴らしたるこのシーンを,ご婦人たるハリ嬢が,福田自身ほど楽しめないのは,無論,無理からぬことはである。
 遊び心を排してベタな訳を考えれば、「放せ、この猫、ひっつき虫め!」というあたりが妥当なのではないだろうか。

 福田訳の「牝鼬」がどこから紛れ込んだものかはわからないが,たとえば後出『ウィンザーの陽気な女房たち』に登場するフォード氏 Ford は,女房にまとわりつく占い師のブレインフォード婆さん(実は変装した騎士フォールスタッフ)を棍棒でぶちのめしながら罵倒するとき,polecat(ケナガイタチ)という言葉を使っている(第4幕第2場)。英国の俗語としては,この語は“売笑婦”を表す。罵言としては「売女(ばいた)」に相当するだろう。
 身近な単音節語の例にもれず,cat という語の表すことのできる内容の範囲は非常に広く,ネコに似た小動物の一つとして,polecat もその中に含まれている。福田は,ライサンダー青年の文化依存的な罵言を忠実に翻訳することを断念して,日本人にはピンと来ない burr はうっちゃらかすことにし,その代わりに,cat には「猫」と「牝鼬」の二様の訳を当てることで,乱暴ながら一応のつじつまを合わせようとしたのではないだろうか。
 だとすれば,ハリエット嬢を立腹させた「牝鼬」は,そもそも burr に当てられた訳語ですらなかったことになる。

★ Too Trivial! ★
オナモミ
オオオナモミ
cocklebur
 私の小さいころ、「ひっつきむし」の名で呼ばれていたのは、ヌスビトハギの実だった。同様に、オナモミの類の実も、「ひっつきむし」「くっつきむし」の名で呼ばれるらしいこと,図鑑や児童誌の記事で知った(こちらは、私の育った町ではほとんど見かけなかった)。
 オナモミ類の実はラグビーボール型で、たくさんのかぎ針をもち、衣服に付着する。オナモミの方言名の一つに,先にも挙げた「やまごんぼ」があるが、この草の根が食用になるとは聞かないから、実が服につくことからゴボウになぞらえられたのではないだろうか。
 現在は,メキシコ原産のオオオナモミや,熱帯アメリカ原産(?)のイガオナモミが我が国に帰化しているが,在来種のオナモミは特にオオオナモミに押されて,分布地域はかなり限定されてしまっている(1996年度に環境庁(現環境省)の主催で実施された,「第5回 緑の国勢調査(自然環境保全基礎調査)」「ひっつきむし調査」を参照)。ただし,逆にオナモミ(ユーラシア原産)の方も北米に帰化しており,また少なくともイガオナモミは,ヨーロッパにも帰化しているようだ。オナモミ族の「くっついてどこへでも行っちゃうぞ戦略」は,見事に成功しているわけである。
 このように数種類が知られているオナモミ類だが,いずれの実も、その形状からして、英語圏ではいかにも urchin の名で呼ばれていそうだが,実際には cocklebur (ザルガイ〔のような〕イガ)という楽しい語感の名がついている。
 ちなみに,ひろみさんのサイトA href="http://hiromi.lolipop.jp" TARGET="_brank">“HOWDY!!”でも,トップページの画像に,散りばめられたオオオナモミの写真が採用されたことがある(2004年2月ごろ?)。

 ところで,講談社の週刊「モーニング」誌に連載中の『バガボンド』(井上雄彦)をご存知だろうか。
 かつて日本中をラジオの前に釘づけにしたと言われる吉川英治『宮本武蔵』に取材した人気コミックだが,その中で,登場人物の一人,辻風黄平(2代目宍戸梅軒)が,旅先で出会った少女の枕元で,その衣服についていたオナモミの実を手にとって眺めるシーンがある(第119話「死神と少女」,第13巻所収)。死神を自称し,「殺す それ以外に言葉を知らぬ」と独白する黄平は,トゲトゲしたオナモミの実を介して,孤独な少女と我が身の境遇を胸の内で重ねているようだ。
このオナモミの実は,心を許せる相手を求めながら,臆病さのために攻撃的な態度をとってしまう「ハリネズミ」のイメージの,奇妙に変形された一バリエーションにほかならない。

◆ さて、それでは、『夏の夜の夢』にハリネズミは登場しないのか、と言えば、そんなことはない。
ハリエット嬢の耳に入ったら,これこそただでは済まないだろうが、第2幕第2場、妖精の女王タイターニアが,配下の妖精たちに歌わせる子守歌の中で、忌むべき爬虫類や両棲類の仲間として、ハリネズミの名が挙げられているのだ。

舌のわかれた まだらの蛇に
棘をはやした 針鼠 それ
消えて無くなれ 姿を隱せ
ゐもり とかげも わるさをやめろ
女王樣が おやすみなさる(後略)
(福田恆存訳)

You spotted snakes with double tongue,
Thorny hedgehogs, be not seen;
Newts and blind-worms, do no wrong,
Come not near our fairy queen.

四折本
四折本 Page 19 Sig. C3r
Copyright (c) The British Library Board
 
同じ歌の第2節では、クモ、アシナガグモ、虫(worm)、カタツムリが同様の警告を受けている。1番と2番でハリネズミの餌となる動物がほぼ網羅されているのは,面白い偶然である。
この歌の中では、グロテスクな闇の生き物たちが、妖精たちに忌み嫌われ,彼らの女王から遠ざけられている。私見だが,彼らにそのように振る舞わさせることによって作者は、軽やかに優雅に楽しく遊び暮らす自身の無邪気な作中人物たちを、不気味で不合理で理不尽な「闇の住人」=伝統的な“妖精/妖怪”たち(彼らはもともと,不可思議な現象の説明原理として生み出された者たちであっただろう)のフォークロアから、巧みに切り離してみせたのではないだろうか。

◆ 妖精の登場するシェイクスピアの戯曲として有名な今一つの作品は,『あらし The Tempest 』(あるいは『テンペスト』)である。
この作品では、舞台となる島の支配者、妖術使いプロスペローが、物語の筋運びまでをも支配する万能ぶりをみせるが、彼は空気の精であるエアリエル(とその仲間の妖精たち)のほかに、キャリバンという土人風の怪物を使役している。
このキャリバン、観客としてはむしろその立場に同情を禁じ得ない人物なのだが,姿が醜いばかりではなく、根性もねじ曲がっているという設定で、その浅はかさによって笑いを誘う悪玉として配置されている(シェイクスピアの絶筆となったこの作品では、悪玉がみな、道化役を兼ねている)。

★ Too Trivial! ★
『あらし』のディテールには,新大陸の探検家による記録の影響が散見されるが、Caliban の名が、カリブ海沿岸に住む Cariban 族の名のrをlに変えただけのものであるのは,ただの偶然だろうか。
……と書いた後で,A.&V.ヴォーン『キャリバンの文化史』(青土社)という本の存在を知った。

第2幕第2場の冒頭、くだくだしくもじめじめした,キャリバンの愚痴を聞いてみよう。

「お天道樣が毒といふ毒をじめじめした泥んこ沼から吸上げて、プロスペローの頭の上にぶちまけ、體中隅から隅まで病気にしてくれればいい、あいつの手下の妖精共が何處かで聽いてゐる、でも、誰が默つてゐられるもんか……あの手先共が俺を抓つたり、小鬼の化物で脅したり、沼の中へ突き落したり、松明に化けて眞暗がり中をうろつかせたり、そんな事をするのも、みんなあいつがさせるんだ、何かにつけて、俺を小突き廻させる−−まるで猿だ、齒を剥いて喚き散し、擧句の果噛み附いて來る、さうかと思ふと、針鼠に化け、俺が裸足で歩く道に寢轉んでゐて、足を降すと針を逆立てる、それどころか、氣が附いてみると、邊り一面、蝮 マムシ で一杯、そいつらが先の分れた舌をひゆうひゆう言はせて押し寄せる、お蔭で氣が狂ひさうにならあ……」
(福田恆存訳)

※ 以上、福田訳は『福田恆存飜譯全集』(文藝春秋)から。「夏の夜の夢」は第四巻(1992.04.),「あらし」は第七巻(1993.03.)。
なお,福田訳は、新潮文庫版でも手軽に参照することができる。

★ Too Trivial! ★
原文は "...sometime like apes, that mow and chatter at me, and after bite me; then like hedgehogs, which lie tumbling in my barefoot way, and mount their prickles at my footfall..." だから,忠実に訳するならば,「寝転んでいて」ではなく「転がってきて」となるのではないだろうか。

Arden Shakespeare の Frank Kermode による脚注では、このイメージの考えられる引用元として、ある文献から、「彼らはサルのように、奇妙な顔をしたり、にやにやしたりしかめっ面をしたりし、ハリネズミのように転げ回り……」というフレーズが引用されている。これは、悪霊 demons に取り憑かれた少女たちについての描写である。

『夏の夜の夢』の歌で、人にあだなす者としてハリネズミとカップリングされていたヘビが、ここでも登場している。マムシと訳された adder はクサリヘビのことで、英国に棲息する唯一の毒蛇である。

ところで、上のキャリバンの台詞の中で、「小鬼の化物で脅したり」の原文は "fright me with urchin-shows" である。
妖精が見せるまやかしの類(我が国の,狐狸による「化かし」を連想させる)を urchin-show と呼んだようだが、urchin とは本来ハリネズミのことだから、この台詞から、シェイクスピアの時代には,ハリネズミが妖精や小鬼と関係づけられていたことがわかる。夜、戸外で何か不可解な体験をした人が、夜行動物であるハリネズミが道を横切るのをたまたま目にしたりした場合、あれは自分をたぶらかした妖精が化けたものではなかったか、などと考えるのは,ごく自然なことであったに違いない。
ほかに、第1幕第2場でも、呪いの言葉を吐くキャリバンをプロスペローが脅しつける台詞の中で、使い魔たる妖精たちが urchins と呼ばれており、Frank Kermode による脚注では、この語を「ハリネズミ,またはゴブリン(小鬼),すなわちハリネズミの姿をしたゴブリン」としている(福田訳では「小鬼共」)。

★ Too Trivial! ★
 まさに『嵐の中のハリネズミ(アーチン)』……スティーヴン・J・グールドの冥福を祈る。

◆ 他のシェイクスピア作品では,『ウィンザーの陽気な女房たち The Merry Wives of Windsor』中,第4幕第4場のペイジ夫人 Mistress Page の台詞の中で,「小鬼たち goblins」の意味で urchins の語が用いられている。

That likewise have we thought upon, and thus:
Nan Page my daughter, and my little son,
And three or four more of their growth, we'll dress
Like urchins, ouphes, and fairies, green and white,
With rounds of waxen tapers on their heads,
And rattles in their hands. ...

「それもちゃんと考えてあるわ、こういうことよ。
娘のアンと、小さな息子と、そのほか三、四人、
同じ年ごろの子供たちに緑や白の着物を着せて、
ハリネズミや、小人や、妖精などに仕立て上げ、
頭には小さな蝋燭や輪をのせ、手にはおもちゃの
がらがらをもたせるの。そして、フォールスタッフが
私たちと出会ったとたんに、かくれていた木挽穴から
いきなり飛び出させるのよ。それぞれ歌を歌いながら
一斉に。それを見ると、私たち二人はしめしあわせて
おおあわてに逃げ出すから、あとは子供たちの仕事よ、
あのいやらしい騎士のまわりをぐるっととり巻いて、
妖精みたいにからだじゅうつねってやりながら、
なぜ、妖精たちのつどいの時に、聖なる森へ、
そのような汚らわしい姿で踏みこんできたのだ、
と問い詰めるわけ。」
(小田島雄志訳)

もちろん,ここで urchins をハリネズミと訳してしまっては,意味が通らない。『夏の夜の夢』でも『あらし』でも,urchin は「小鬼(または妖精)」,hedgehog は「ハリネズミ」と,明確な使い分けがあり,ここで文脈に逆らってまで urchin を「ハリネズミ」とするのは,適切な解釈とはいえないだろう。
実際にこの後,第5幕第4場・第5場で,ペイジ夫人の発案どおりに,妖精に扮した子どもたちが登場するのだが,どんなに大胆な演出家でも,その中に巨大なハリネズミを紛れ込ませるようなことはしないはずである。

◆ では,シェイクスピアは,妖精がからむ場面以外では,ハリネズミという言葉を一切使おうとしなかったのだろうか? そんなことはない。
史劇『リチャード三世 King Richard III 』第一幕第二場での,後のリチャード3世であるグロスター公リチャード Richard, Duke of Gloucester と,リチャードのために命を落とした皇太子エドワードの未亡人でありながら後にリチャードの妃となるアン Lady Anne との舌戦の中で,「ハリネズミ」が一種の罵倒語として使われている。

Anne. Thou wast provoked by thy bloody mind,
That never dream'st on aught but butcheries.
Didst thou not kill this King?
Rich. I grant ye, yea.
Anne. Dost grant me, hedgehog ! Then God grant me too
Thou mayst be damned for that wicked deed.
O he was gentle, mild, and virtuous.

アン おまえをそそのかしたのはおまえの残忍な心、
 血なまぐさい虐殺以外になにも思い浮かべないのだ。
 この王を殺したのはおまえではないか?
グロスター             それは認めよう。
アン 認めるのね、このハリネズミ? では神様も私の呪いを
 認めてくださるだろう。ええい、地獄に堕ちるがいい!
 やさしい、おだやかな、徳高い王であったのに!
(小田島雄志訳)

アン もとはと言えば、その残忍な生まれつき、人殺しのほかに何も考えたことがないような。この王を手にかけたのも、自分ではないと?
グロスター それだけは一言もありませぬ。確かにこの手で。
アン 一言もない? 思いやりを知らぬ針鼠、何という忌まわしいことを、ええい、地獄に落ちてしまえ、神も私のこの呪いに一言もおさしはさみにはなりますまい! ああ、あのようにやさしい、立派なお方だったのに!
(福田恆存訳)


 小田島訳と福田訳では,ずいぶん趣が異なる。今回もやや修辞過多との印象を免れない福田訳では,わざわざ「思いやりを知らぬ」という形容を付け加えているが,これは,ここで唐突に使われる hedgehog という言葉が,そのような含意を込めて用いられているとの解釈によるものであろう(hedgehog Central のこのページでも,同様の解釈が示されている)。
 一方,Arden 版 (edit. by Antony Hammond) では,hedgehog への註に,「リチャードの徽章,イノシシへの侮蔑を込めた言及」と記されている。「西洋甲冑に見るイノシシ紋」の項に示したように,確かにイノシシだかハリネズミだかはっきりしないような飾り紋が存在することを考えると,この説もなかなか捨てがたい。

★ Too Trivial! ★
 この名高い史劇によって,リチャード3世は,ふてぶてしい悪役としてのイメージを,すっかり定着させられてしまった。だが,ジョセフィン・テイ女史による歴史ミステリの佳作『時の娘』(ハヤカワ文庫)を読めば,この短命の王のイメージは,劇的に変貌する。
 殷の紂王,吉良上野介といった歴史のスケープゴートたちへの判官贔屓をこととするへそ曲がり諸氏には,特に一読をお勧めしたい。
 なお,エリザベス・ジョージの短篇『リチャードの遺言』(オットー・ペンズラー編『殺さずにはいられない 1』所収)は,リチャード3世の無実を信じる「リカーディアン」による間接的な殺人を描いたものだが,この作品にも,リチャードの白いイノシシの軍旗が,2度ほど登場している。この“伝説的な悪漢”の運命を決した戦場にたなびいていたであろう彼の軍旗の旗印には,日本でいえば,秀吉の千成りヒョウタン程度の知名度はあるのかもしれない。

 リチャードは英国紋章院の創始者であり,紋章学とは浅からぬ因縁があるのだが,リチャードのクレスト(兜飾り)に使われているイノシシは,英国の「リチャード3世協会」のサイトで見ることができる。残念ながら,あまりハリっぽくはない。
 だが,今度は,同協会のアメリカ支部イノシシのページで,クレスト以外の形で使われたリチャードのバッジ(徽章)を見てみよう。確かにハリっぽく見えなくもないことがわかるはずだ。

◆ さらに,『マクベス Macbeth 』第4幕第1場の冒頭では,第2の魔女がハリネズミ・オーナーであることが,彼女自身の台詞から明らかになる。

魔女1 三度鳴いたぞ虎斑の猫が。
魔女2 三度と一度、針鼠が。
魔女3 化けもの鳥が「急げ急げ」だと。
(木下順二 訳)

ここでのハリネズミ hedgehog は,魔女の「使い魔 familiar 」であるらしい。

★ Too Trivial! ★
ハリネズミとは無関係だが,ここで同じく魔女に飼われているネコが黒猫でないことは興味深い。英国では,黒猫が目の前を横切ることは“幸運の”兆しとされる。
「化けもの鳥」の原語は Harpier。ギリシャ神話に登場する,女性の顔をした怪鳥ハーピーの変形らしい。なお,第1幕第1場でも,魔女たちは使い魔である灰色のネコ(Grimalkin)とヒキガエルに呼びかけている。

『マクベス』のハリネズミを見つけてくださった道さん,ありがとうございます。
2000.02.17. 最終推敲:2004.09.14.
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